気候工学を否定する理由がよくわからん😞 ~「脱炭素」は温暖化対策の手段であって目的ではないはず

日経:地球冷やす「禁断の技術」相次ぐ 北極の氷再生・太陽光遮る粒子放出
気候を人工的に操って温暖化を抑えようとする技術の実用化の動きが活発になっている。英国の新興は北極の縮小している海氷の再生に取り組む。米国・イスラエルの会社は2026年にも太陽光を遮る粒子をまく屋外実験を試みる。第30回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP30)では温暖化ガス削減の具体的な方策で合意できず、一部の科学者らは「奇策」とも言える技術に活路を見いだしている。環境影響が分からず反対論は根強い
 地球の温暖化が進んでいるのは,毎年の夏の暑さで肌身で実感しており,ホントに勘弁してもらいたいところです。温暖化対策として進められている脱炭素ですが,各国で多額の費用を負担し上場企業に多大な開示負担を押し付けながら,世界レベルであまり進んでいないのはご承知のとおりです。メディアや活動家は世界中で危機意識を煽りますが,地球の気温を1度下げるのに世界でどれほどのお金–脱炭素コストが必要なのか,誰も語ってくれません。

ブラジルで開催されたCOP30でも環境団体の代表らが記者会見して「気候変動対策に気候工学が入る余地はない」と訴えた
 不思議なのは脱炭素が地球温暖化対策の手段の1つであるにも関わらず,それが自己目的化しているようにみえることです。記事にある,環境団体の代表らの気候工学を否定する発言は,理解困難です。気候変動対策の選択肢は脱炭素以外にも気候工学など複数あり,それぞれに利点・欠点があるはずで,特定の手段に拘る理由はなぜなのか?穿った見方をすると,活動家の利害に関わるためのようにも思えます(気候工学が気候変動問題をサラッと解してしまえば,彼らの活動目的・存在価値が失われるから?)。
 見出しにある「禁断の技術」とは気候工学のことでしょうが,温暖化対策の1つであるはずの手段が,どうして「禁断」なのか?私には理解できません(記事が気候工学を否定している趣旨でないことは読めば分かるのですが)。選択肢の1つとして、研究を進めればいいのに、どうしてそれが否定的な評価を受けるのか不思議です。いずせにせよ、二酸化炭素排出量の1位と2位の国があの状況なら、脱炭素による気候変動対策など絵に描いた餅でしかないですけど
 脱炭素だとかサステナブルだとか少し前のESGだとか,こういった意識高い系フレーズを前にすると,日本人は思考停止に陥るようです。綺麗ごとを狡猾に利用する国・地域(産業で一発逆転を狙って脱炭素ブームを作ったEUですが結局中国にしてやられた)や個人(再エネ汚職した議員がいたり,GPIFの資産運用をESG投資で歪めて某企業に天下りした理事がいたり)がいることはこれまで多くみてきたのに,どうして何も学ばないのか不思議です