テレビ朝日の報道番組「ニュースステーション」などのキャスターを務めたフリーアナウンサー、久米宏(くめ・ひろし)さんが1月1日、肺がんのため死去した。81歳だった久米宏さんがお亡くなりになりました。「ニュースステーション」は私の20代の頃に始まりよく観ていました。これほどニュースを身近に感じさせる番組はそれまでありませんでしたよね。
その後も番組は長く親しまれ、大学教員になってしばらくして、授業でビジネス系ニュースを解説していたら、学生さんから「先生は久米さんよりもよく知っているんですね」と褒められた(?)ことがあります。ニュースを幅広い層に届けたという点では、久米宏さんと「ニュースステーション」の功績はとても大きかったと思います。
しかし、いま振り返ると、報道番組が一定の価値判断に踏み込むのはどうなんだろう、と疑問に感じたことも少なくなかったと記憶します。ニュースメディアの基本的な役割は客観的な情報を過不足なく伝えるということのはず。なにが重要論点でどう判断するのかは国民それぞれが考えるべきこと。へんな例えで恐縮ですが,証券規制でも,業者は顧客に対して判断材料を与える役割に徹するべきで,「断定的判断の提供」は禁じられています(業者が判断を提供して顧客が誤った投資判断をすれば損害賠償責任を負いますが,国民が誤った判断をした場合に番組は責任をとれるのか?)
ところが、久米宏さんのニュースステーションは、情報の提供とその解説に留まらず、さらに数歩踏み込んできたような印象を持ちました。だからこそ面白く人気が出たのでしょうが、本当にそれでよかったのか?いま同じ番組があったなら、SNSで手厳しく批判されていたことでしょう。
翻っていまの社会ですが,すでに若者を中心に多くの国民はテレビすら観ておりません。テレビを観ないだけならともかく、ニュースすら観ていない人が少なくないようで、それはそれでどうなんだという気も
いろいろな意味で、久米宏さんがニュースキャスターをしていたのは、古き良き時代だったといえそうです。ご冥福をお祈りします
