校正作業をした後にスッカリ忘れていましたが,「証券レポート」に拙稿を掲載頂きました。1月の証券経済研究会での報告をまとめたものです。
虚偽有価証券報告書提出罪(金商法197条1項1号)の「重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者」における,「重要な事項」がなにかについて学界ではほとんど議論になっていません。役員報酬の虚偽記載は基本的に「重要な事項」に該当しないでしょう,という話はゴーン事件よりず~っと当ブログで申し上げてきました

しかし,世間的にはこの考え方は十分に理解されていないように思えたので,ブログではなく論文にまとめて3年前に公表しました。ところが,それでもオカシな議論が横行しています。おそらく,規制当局がそのような解釈をしているからなのでしょう。各論者はそれに引きずられていると推察されるのですが,ついに,裁判所までヘンなことを言い始めました(東京地判令和4年3月3日資料版商事法務458号123頁)。JPX金商法研究会では,さすがに,東京地裁判決はオカシイやろ,という批判が出てきましたので,ようやく学界でも本格的な議論になるかもしれません(☚いまココ)。
この間,サステナビリティ開示のように非財務情報を充実させる方向で金商法の開示規制が動いてきました。法定開示書類に虚偽記載があれば直ちに罪に問うことができるかのような解釈が定着するのは危険ですので,非財務情報の虚偽記載の重要性を題材に,本稿とあともう1つ,さらにネチッこく議論したものを近々公表予定です。いずれにおいても,令和4年東京地裁判決を批判的に取り上げていますが,同判決の論理の誤りは,以下にみるように単純です。
有価証券報告書など法定開示書類に記載される事項は投資判断にとって重要と考えられる事項です。ここで念頭においている重要性は,抽象的・一般的な重要性といってよいでしょう。
これに対して民刑事責任や課徴金で要件となっている「重要な事項」とは,当該虚偽記載が投資判断に影響を与えたか否かを問うもので,具体的な重要性を指しています。条文において「重要な事項」という同じ文言を使っていても,異なる2つの意味がある,という理解が重要です。
財務情報で考えれば分かり易いですが,赤字決算なのに大幅な黒字であるような虚偽記載は投資者の判断を誤らせます。しかし,たとえば,売上や当期利益を1%だけ上乗せしたとしても,(なぜそんなことをするかはさて措き)そのような軽微な粉飾で投資者が投資判断を誤ることはありませんので,刑事罰を科す必要もなく,訂正報告書を出させれば足りるでしょう(会社法の方で過料の制裁はありうるかも)。つまり,(抽象的に重要な事項である)有価証券報告書に虚偽記載はあるが,当該虚偽記載は具体的重要性を欠くので,刑事罰等の要件である「重要な事項」には該当しない,ということになるわけです

令和4年東京地裁判決は,ゴーン氏の役員報酬の虚偽記載が重要な事項に当たると判断しました。理論的な根拠は,役員報酬の個別開示等が導入された経緯を挙げていますが,当時の立案担当者の説明を判決でもそのまま「重要な事項」該当性の理由としています。しかし,有報等に1億円以上の役員報酬の記載を義務付けるべきであるという文脈で立案担当者が「役員報酬の個別開示は重要な事項である」と説明する際の「重要な事項」とは,抽象的重要性を指しています。これは虚偽有価証券報告書提出罪で問題となっている具体的重要性=「重要な事項」とは別物です。東京地裁判決のように,抽象的重要性を有する虚偽記載は具体的重要性の要件を見たすという理屈によるなら,法定開示事項の虚偽記載はすべて民事責任や刑事責任等の要件を満たしてしまうことになってしまいます。それは明らかにオカシイですよね

この論点についてケリー氏の弁護士は争っておらず(なんで??

ケリー氏の裁判は東京高裁で審理されておりますが,どういう判断が示されるのでしょう
